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東京高等裁判所 平成5年(行ケ)218号 判決

東京都千代田区丸の内二丁目5番2号

原告

三菱化成株式会社

代表者代表取締役

古川昌彦

訴訟代理人弁護士

赤尾直人

同弁理士

蛭川昌信

東京都千代田区霞が関三丁目4番3号

被告

特許庁長官 荒井寿光

指定代理人

河合章

遠藤政明

及川泰嘉

伊藤三男

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、平成3年審判第19841号事件について、平成5年9月30日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和58年3月17日、名称を「エピタキシャルウエハ」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願をした(特願昭58-45094号)が、平成3年8月26日に拒絶査定を受けたので、同年10月17日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を平成3年審判第19841号事件として審理したうえ、平成5年9月30日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年11月13日、原告に送達された。

2  本願発明の要旨

n型GaAs単結晶基板上、該単結晶基板表面上に形成された厚さが20~100μmであってキャリア濃度が1.0×1017~2.0×1018cm-3であるSiをドープしたn型GaAsエピタキシャル層、該n型GaAsエピタキシャル層上に形成された厚さが10~80μmであってキャリア濃度が1.0×1017~5.0×1018cm-3であるSiをドープしたp型GaAsエピタキシャル層及び該p型GaAsエピタキシャル層上に形成された厚さが5μm以上20μm未満であってキャリア濃度が1.0×1017cm-3~5.0×1018cm-3であるp型Ga1-xAlxAs混晶からなり、p型GaAsエピタキシャル層との界面から少なくとも2μm以内の領域において、混晶率Xが0.03≦X≦0.8であるエピタキシャル層を有することを特徴とする高出力赤外発光ダイオード用エピタキシャルウエハ。

3  審決の理由の要点

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願発明は、本願出願前に頒布された刊行物である特開昭56-24987号公報(以下「引用例1」といい、その発明を「引用例発明1」という。)、特開昭56-111279号公報(以下「引用例2」という。)、特開昭51-2393号公報(以下「引用例3」という。)及び特開昭52-63089号公報(以下「引用例4」という。)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、本願発明の要旨及び引用例1~4の記載事項の認定、本願発明と引用例発明1との一致点、相違点の認定は認める。相違点1及び3の判断は認めるが、相違点2の判断は争う。

審決は、本願発明の第1の特徴点である相違点2に係る構成についての判断を誤り(取消事由1)、本願発明の第2の特徴点であるp型Ga1-xAlxAsエピタキシャル層の厚さの有する技術的意義を無視し(取消事由2)、その結果、進歩性の判断を誤ったものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  取消事由1(相違点2に係る構成についての判断の誤り)

審決は、本願発明と引用例発明1の相違点2、すなわち、「n型GaAsエピタキシャル層上に形成するp型GaAsエピタキシャル発光層の厚さが本願発明では10~80μmであるのに対し、引用例1の発明では、1~5μmである点、及び、該p型GaAsエピタキシャル層が、本願発明においてはSiを不純物とするエピタキシャルで形成されるのに対し、引用例1の実施例においては、Znの拡散で形成されている点」(審決書7頁3~10行)につき、「p型不純物としてどの元素を選択するかは、求める特性に応じて選択すべき選択事項に過ぎないから、発光層のp型不純物として、Znに代えてSiを選択することは当業者が容易に成し得ることである。」(同9頁10~14行)、「Siをp型発光層の不純物とした場合においても、キャリア効率を向上させるために、発光ダイオード表面にGaAlAs層を設けることは、当業者が容易に想到しうることであるから、表面にGaAlAs層を設けた引用例1の発光ダイオードの構成において、不純物ZnをSiに換えることは単なる選択事項に過ぎない。」(同10頁5~11行)と判断しているが、以下に述べるとおり誤りである。

本願発明の基本的な技術思想は、所定の厚さ(10~80μm)を有するSiドープによるp型GaAsエピタキシャル層に対し、敢えてp型Ga1-xAlxAsエピタキシャル層によるバリア層を設けたことによる第1の特徴点、及び当該バリア層の厚さを5μm以上20μm未満とし、従来のバリア層よりも厚いバリア層とする第2の特徴点に基づいて、従来の赤外-LED(発光ダイオード)に比し、更なる高効率及び高出力の赤外線発光を可能とした点に存在する。

引用例1に示されているように、Znをドープしたp型GaAsエピタキシャル層の場合には、Siをドープする場合のような結晶の成長と共に不純物を注入するわけではなく、既に形成されているGaAsエピタキシャル層にZnを拡散することによってp型GaAsエピタキシャル層を形成するものであるから、p型GaAsエピタキシャル層の厚さは、もともとZnが拡散できる程度の厚さしか設定することができず、通常は1~5μmで構成される。

ところで、一般に電子は、正孔(ホール)に比しその移動速度が速いため、n型半導体領域における再結合よりもp型半導体領域における再結合の頻度が高く大部分は、p型半導体領域において再結合が行われる。そして、Znドープによるp型GaAsエピタキシャル層とSiドープによるn型GaAsエピタキシャル層とのホモ接合(同質の物質層の接合)を赤外発光ダイオードとして使用した場合には、p型GaAsエピタキシャル層について十分な厚さを設定することができないため、電子と正孔の再結合を行う領域を十分確保できず、したがって、表面部におけるキャリアの再結合によって、きわめて非効率な発光が行われている。

このような事情を反映して、薄いp型GaAsエピタキシャル層しか得られないZnドープの場合には、引用例1に示すp型Ga1-xAlxAsエピタキシャル層のような、一定のポテンシャルバリアを有するエピタキシャル層を更に設け、電子をp型GaAsエピタキシャル層に閉じ込め、表面部を形成していないp型GaAsエピタキシャル層において再結合を行わせ、発光効率の低下を防止することが要請されているのである。それ故、薄いp型GaAsエピタキシャル層しか得られないZnドープの場合には、p型GaAsエピタキシャル層とp型Ga1-xAlxAsエピタキシャル層(バリア層)とのヘテロ接合(異質の物質層の接合)を行わざるをえないのである。

このことは、引用例1の記載からも裏付けられる。すなわち、引用例1には、Znドープによる赤外発光ダイオードにおいてヘテロ接合を行うことに関する効果について、「p-n接合(16)より注入された電子は、領域PとPAlの界面に形成されるポテンシヤルバリアにより領域P内に閉じ込められる。このため、非輻射結合は表面で少なくなりp形GaAsエピタキシヤル層(13a)内で効率よく発生する」(甲第4号証7欄4~9行)、「Ga1-xAlxAs領域のエネルギバンドギヤツプがGaAsのそれより大きいために、p-n接合に注入された電子はGa1-xAlxAs-GaAsのヘテロ界面に形成されるポテンシヤルバリアによりp形GaAsエピタキシヤル層に閉じ込められ、非輻射再結合は表面で少なくp形GaAsエピタキシヤル層内で効率よく発生する」(同号証10欄1~7行)と記載されており、p型Ga1-xAlxAsエピタキシャル層によるポテンシャルバリアが存在しない場合には、非輻射結合の介在によって、高効率発光が得られないため、必然的にヘテロ接合を採用している点を裏付けている。

これに対し、Siドープによるp型GaAsエピタキシャル層の場合には十分な厚さのp型GaAsエピタキシャル層領域が設けられることから、バリア層を必要とせず、したがって、ヘテロ接合は従来不要と考えられ、現にヘテロ接合は行われていなかったのである。

原告も、ヘテロ接合による少数キャリアの閉じ込め効果によって、発光効率が改善されるという一般原理については、否定するものではない。しかし、電子の閉じ込め効果を有するヘテロ接合は、発光層(活性層)が薄く、キャリアの再結合領域を十分確保しえない場合に通常採用されており、本願発明のように、発光層が10μm以上の場合には採用されていないのである。

このことは、見方を変えるならば、シングルヘテロ接合によるバリア層を設けながら、活性層であるSiドープによるp型GaAsエピタキシャル層の厚みを、本来バリア層は不要と考えられるような10~80μmの範囲に設定するという飛躍的な着想に基づき、さらなる高効率を実現したことを意味する。

引用例2には、発光ダイオード一般において、理論的にはともかく、現実には、発光層の厚さを拡散長より十分長くすべきことは記載されておらず、具体的にダイオードの構造、材質について定められるべきことが記載されているにすぎず、本願発明の技術的思想を何ら開示、示唆していない。また、引用例3は、単にSiドープのp型GaAsエピタキシャル層によるホモ接合の赤外発光ダイオードを開示しているにすぎないし、引用例4は、バリア層の混晶比率を開示しているにすぎず、これは前記第1及び第2の特徴点に関する記載内容を開示していない。

したがって、引用例2~4における一般的な記載は、決して発光層が10μm以上の厚みを有する場合、ヘテロ接合によって有効な出力及び効率の改善が得られることを裏付けるものではない。

そして、引用例1には、従来型のn型GaAs単結晶基板の表面上に形成されたSiドープのn型GaAsエピタキシャル層上に、Siドープのp型GaAs層を形成したホモ接合型赤外発光ダイオードと、前示引用例発明1に係るシングルヘテロ接合を有するZnドープの発光ダイオードの両方が記載されているのであるから、もしZnとSiの置換が当業者が適宜選択的になしえたことであるとするならば、本願発明は引用例発明1の発明者により発明できていたものと思料されるが、このような事態が生じなかったということは、Siドープのp型GaAs層の上にヘテロ接合を設けるという技術思想に到達することが困難であったことを示している。すなわち、引用例1の知見からは、Znドープの薄いp型GaAs層にヘテロ接合を設けることにより、従来のSiドープの厚いp型GaAs層を有する発光ダイオードと同等の出力を得ることができたと考えるのが普通なのであり、従来のSiドープのホモ接合型発光ダイオードの出力を一層向上させるために、さらに、p型Ga1-xAlxAsエピタキシャル層を設けてヘテロ構造とするという発想は生じないのである。

したがって、審決が、引用例発明1の活性層のp型不純物として、Znに代えてSiを選択すること、その厚みを本来バリア層は不要と考えられてきた範囲である10~80μmとすることにつき、当業者が容易になしえたものであると判断したことは、誤りである。

2  取消事由2(本願発明の第2の特徴点の技術的意義の無視)

前示のとおり、本願発明は、所定の厚さ(10~80μm)を有するSiドープによるp型GaAsエピタキシャル層に対し、敢えてp型Ga1-xAlxAsエピタキシャル層によるバリア層を設けたことによる第1の特徴点とともに、当該バリア層の厚さを5μm以上20μm未満とし、従来のバリア層よりも厚いバリア層とする第2の特徴点を有するのに、審決は、この点の技術的意義について何ら検討していない。

本願発明の実施例では、p型GaAsエピタキシャル層をそれぞれ15μm、25μmに設計するとともに、p型Ga1-xAlxAsによるバリア層をそれぞれ15μmに設計することによって、従来のn型GaAsエピタキシャル層を64μm、Siドープによるp型GaAsエピタキシャル層を80μmとしたホモ接合型の比較例に対し、それぞれ1.4倍、1.5倍の発光出力を得ている。このことは、本願発明の第2の特徴点が、従来技術に存在しない新規性・進歩性を裏付ける有力な要因であること、及びこれによって従来技術の赤外発光ダイオードよりも、更なる高効率、高出力を実現できる要因であることを示している。

したがって、引用例発明1のバリア層の上限値が本願発明のバリア層の下限値と偶然一致したとしても、この点をもって、本願発明の新規性・進歩性を否定することはできない。

第4  被告の反論の要点

1  取消事由1について

引用例発明1は、応答速度の遅いSiドープに代えて応答速度の速いZnドープを採用し、さらに発光効率を高めるためにヘテロ接合を採用し、加えて製造価格を低減できるようにp型GaAs層のZnを拡散法で行った(液相一固相拡散法を用いて、p型GaAs層のZnドーピング工程をp型Ga1-xAlxAs層の液相エピタキシャル成長と同時に行って工程の省略を行った)ものであり、原告主張のような、従来、ZnドープのGaAs型発光素子はZnを拡散によってドープするために拡散層の厚さが薄く、そのためにバリア層を設け、ヘテロ接合を行わざるをえないという理由で発明がされたものではない。

引用例1には、従来例として、発光効率も良く、しかも高速応答性を有する発光ダイオードを、n型GaAs基板上に、n型GaAs液相エピタキシャル層、Znをドープしたp型GaAs液相エピタキシャル層、p型Ga1-xAlxAs液相エピタキシャル層を3回の液相エピタキシャル成長により形成することが示されており、拡散によらないでZnをドープしたp型GaAs層を液相エピタキシャル成長により形成することが従来から行われていたことは明らかである。

引用例発明1においては、発光効率も良く、しかも高速応答性を有する発光ダイオードを低価格で製造できるようにするために、すなわち、液相エピタキシャル工程を1回減らすために、拡散によりZnをドープしたp型GaAs層の形成と、Znドープのp型Ga1-xAlxAsエピタキシャル層の液相エピタキシャル成長とを同時に行い、結果として、Znドープp型GaAs層をZnの拡散により形成したものであり、Znドープのp型GaAs層は常にZnを拡散しなければ形成できないというものではない。Znドープのp型GaAs層の形成においては、Znの拡散又はZnを不純物として添加した融液からの液相エピタキシャル成長のいずれも同等に用いられていたのである。

そして、液相エピタキシャル成長により半導体層を比較的厚く(100μm程度)形成することは従来周知の技術事項である。

したがって、Znドープのp型GaAs層を液相エピタキシャル成長により比較的厚く形成することは従来技術を用いることにより容易に実施できることにすぎないから、Znドープp型GaAs層は厚く形成できないとする原告の主張は誤りである。

次に、原告は、Siドープのp型GaAs発光層ではバリア層が不要であり、かつ、Znドープのp型GaAs型発光素子とヘテロ接合との結びつきが必然であるかのように主張しているが、以下に述べるとおり誤りである。

ヘテロ接合とは、バンドギャップの異なる半導体相互の接合を意味し、ヘテロ接合にはポテンシャルバリア(障壁)が発生するので、バンドギャップの大きい側の半導体層はバリア層となり、少数キャリアをバンドギャップの小さい側の半導体層に閉じ込める効果がある。

このヘテロ接合に発生するポテンシャルバリアによる少数キャリアの閉じ込め効果は、導電型、導入不純物に関係なく、すなわち、ZnドープかSiドープかに関係なく、生じるので、ヘテロ接合を形成した発光素子においては、少数キャリア閉じ込め効果により発光効率が改善されるのである。

n型GaAs層、p型GaAs層、p型GaAlAs層を順次形成したヘテロ接合構造の発光ダイオードにおいては、バンドギャップの小さなp型GaAs層への少数キャリア(この場合、電子)の閉じ込め効果により、発光層である同層において効率よく発光が起こり、また、同層から放射された光は、表面のp型GaAlAs層で吸収されることなく外部に取り出すことができ、さらに、エピタキシャル成長によって形成されたp型GaAs層とp型GaAlAs層との界面では、非発光再結合がほとんど起こらないので、p型GaAs層を薄く形成しても、発光効率が高く維持できる。

そして、引用例4(甲第7号証)に示されているように、Siドープのn型GaAs層とSiドープのp型GaAs層(発光層)を形成した発光素子において、n型GaAs層からp型GaAs層に注入された電子はp-n接合からp層の内部40~50μmまでの範囲で再結合して発光するので、注入された電子を発光に有効に利用するためには、p型GaAs層の厚さを40~50μmとすることが必要であることが理解できる。

また、引用例2(甲第5号証)には、発光層をp型GaAlAs層とした場合において、少数キャリア(この場合、電子)の拡散長が40μm程度となり、少数キャリアの90%を発光層内で再結合させるためには、発光層の厚みを約100μmとする必要があると記載されており、少数キャリアの拡散長は、p型GaAlAs発光層と上記のp型GaAs発光層とにおいて同程度であるから、p型GaAs発光層においてもバリア層を設けないで少数キャリアを発光に十分利用しようとすれば、発光層の厚みが約100μm必要であるということができる。

以上によれば、Siドープのn型GaAs層とSiドープのp型GaAs層(発光層)を形成した発光ダイオードにおいて、p型GaAs層の厚さが10μm程度であって、上記電子の拡散長から見て、電子が発光再結合するために十分でない場合においては、p型Ga1-xAlxAsエピタキシャル層(バリア層)を設けたほうが発光効率がよいことが明らかである。一方、p型GaAs層が80μm程度の場合においても、p型Ga1-xAlxAs層を形成すると、このバリア層の働きにより、電子のp型GaAs発光層への閉じ込め効果により発光効率が向上することは明らかである。

したがって、相違点2についての審決の判断に誤りはない。

2  取消事由2について

p型Ga1-xAlxAsエピタキシャル層(バリア層)の厚さは、本願発明と引用例発明1とはともに5μmで一致していることは、審決認定のとおりである。

Siドープの十分な厚さ(10μm~80μm)のp型GaAsエピタキシャル層に、本願発明の規定する所定の厚さ(5μm以上20μm未満)のp型Ga1-xAlxAsエピタキシャル層を形成したとしても、p型Ga1-xAlxAsエピタキシャル層のバリア層としての機能が顕著に改善されるわけではなく、また、バリア層の効果はドーパントの種類いかんによらないので、本願発明が引用例発明1に比し顕著な効果を奏するものということはできない。

原告は、本願発明の実施例1、2と従来のホモ接合型の比較例とを対比しているが、発光層のp型GaAs層の厚さが厚くなれば発光層で発光した光の一部が吸収されるから、発光層の厚さが大きく相違する実施例1、2(15μm、25μm)と比較例(80μm)とを比較することは意味がない。バリア層の効果を確認するためにはp型GaAs発光層の厚さが同程度のものにバリア層を形成して比較することが必要であるところ、本願明細書に記載されている実施例1、2及び比較例は、このような条件を満たしていないから、バリア層による効率改善効果を確認するための根拠とならないことは明らかである。

第5  証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する。書証の成立については、いずれも当事者間に争いがない。

第6  当裁判所の判断

1  取消事由1(相違点2に係る構成についての判断の誤り)について

本願発明と引用例発明1とが、審決認定のとおり、「n型GaAs単結晶基板と、該単結晶基板表面上に形成されたSiをドープしたn型GaAsエピタキシヤル層、該n型GaAsエピタキシャル層上に形成されたp型GaAsエピタキシャル層、及び、該p型GaAsエピタキシャル層上に形成された厚さが5μmであるp型Ga1-xAlxAs混晶からなる高出力赤外発光ダイオード用エピタキシャルウエハ」(審決書6頁6~13行)である点で一致し、このp型GaAsエピタキシャル層につき、「p型GaAsエピタキシャル発光層の厚さが本願発明では10~80μmであるのに対し、引用例1の発明では、1~5μmである点、及び、該p型GaAsエピタキシャル層が、本願発明においてはSiを不純物とするエピタキシャルで形成されるのに対し、引用例1の実施例においては、Znの拡散で形成されている点」(同7頁4~10行)で相違すること(相違点2)は、当事者間に争いがない。

ところで、前示本願発明と引用例発明1の一致点によれば、本願発明と引用例発明がともに、n-p接合を同種物質であるGaAs層で形成し、このp層の上に異種物質であるGaAlAsによりp層を形成したシングルヘテロ接合型発光素子用のウエハであることは、明らかである。

このGaAs層とGaAlAs層とからなるヘテロ接合構造の利点については、「National Technical Report」Vol.22,No.1,Feb.1976,p.9~13「Ga1-xAlxAs-GaAsヘテロ構造の発光および受光素子」(甲第9号証)に次のとおり、詳細に説明されている。

「GaAsとGa1-xAlxAsは高効率の発光ダイオード材料として広く利用されている。・・・最近このヘテロ接合を発光ダイオードや太陽電池の分野に活用し、その性能の向上を図ろうとする試みがある。われわれも、このヘテロ接合の利点に着目し、pGa1-xAlxAs-pGaAs-nGaAs構造(いわゆるヘテロフェース構造)の高性能発光・受光素子の実現を目標に検討を進めてきた。」(同号証1頁左欄6行~右欄7行)、「〈1〉GaAsとGa1-xAlxAsの禁止帯幅Egの違いに起因して、その界面において電子に対するポテンシャルバリアが形成される。・・・〈3〉Ga1-xAlxAsのEgを適当に選ぶことによってGaAsの発光、受光に寄与する波長の光をほとんど吸収しないようにすることができる。このヘテロフェース構造を発光素子に適用した場合、まずGaAspn接合より注入された電子は、〈1〉のヘテロ界面に形成されるポテンシャルバリアによりpGaAs層に閉じ込められる。このために表面での非輻射再結合が少なく、p層内で効率よく発光する。さらに〈3〉により、Ga1-xAlxAs層は発光した光に対し“透明”であり、吸収による外部発光効率の低下を防ぐ。したがって発光応答速度に大きく寄与する活性層(pGaAs層)を薄くしても高い発光出力が期待できる。」(同2頁左欄下から18~1行)

この文献の記載と引用例1(甲第4号証)に、引用例発明1の特長の一つとして、「Ga1-xAlxAs領域のエネルギバンドギヤツプがGaAsのそれより大きいために、p-n接合に注入された電子はGa1-xAlxAs-GaAsのヘテロ界面に形成されるポテンシヤルバリアによりp形GaAsエピタキシヤル層に閉じ込められ、非輻射再結合は表面で少なくp形GaAsエピタキシヤル層内で効率よく発生する。また、p形Ga1-xAlxAsエピタキシヤル層は発生した光に対して透明であり吸収による外部発光効率の低下が少くなるので、発光応答速度に大きく寄与する活性層のp形GaAs層を薄くしても高い発光出力が得られる。」(同号証10欄1~12行)と記載されていることからすると、上記GaAs層とGaAlAs層とからなるヘテロ接合構造及びその利点は周知の技術事項であったと認められ、引用例発明1が、この周知のヘテロ接合の利点を応用したものであることは、明らかである。

そして、引用例1は、従来例として、n型GaAs単結晶基板の表面上に形成されたSiドープのn型GaAsエピタキシャル層上に、Siドープのp型GaAsエピタキシャル層を形成したホモ接合型赤外発光ダイオードを挙げ(同2欄18行~3欄11行)、これにつき、「1回の液相成長工程で先ずn形、続いてp形の成長層を形成することが可能となつて製造方法が簡単になるとともに・・・p-n接合の結晶性が優れ、外部発光効率の良い(3~5%)特性が得られる。しかし、このような発光ダイオードは発光応答速度がせいぜい1μsec程度で非常に遅く、高速動作の用途には使用できないという欠点があつた。」(同3欄17行~4欄5行)とその長所欠点を指摘し、次いで、発光効率も良く、しかも高速応答性を有する発光ダィオードの従来例として、「Te(テルル)ドープのGaAs基板上にn形不純物としてSn(スズ)をドープした液相成長を行ない、次いでZn(亜鉛)またはGe(ゲルマニウム)をドープしたp形GaAsエピタキシヤル層を液相成長させ、さらにZnをドープしたp形Ga1-xAlxAsエピタキシヤル層を液相成長させて製造した」(同4欄7~13行)シングルヘテロ接合構造の発光ダイオードを挙げ、「しかし、この製造方法は、液相エピタキシヤル成長の工程を3回も行なう必要があり、生産性が悪く製造価格が高くなるという欠点があつた。」(同4欄14~17行)とし、「本発明はこのような従来の欠点を解消するためになされたもので、その目的とするところは高発光効率および高速応答性を有し、しかも製造価格で低減できるようなGaAs赤外発光ダイオードおよびその製造方法を提供することにある。」(同4欄18行~5欄2行)と、引用例発明1の目的を説明している。

以上の事実によれば、引用例発明1は、Siドープのp型GaAsエピタキシャル層を持つ発光ダイオードが発光効率の良い特性を有することを認めながら、その応答速度が遅い欠点を重視し、この欠点を解消するために、Siドープに代えて、応答速度の速い発光素子が得られるZnドープのp型GaAsエピタキシャル層を採用し、これに上記周知のヘテロ接合を採用して、さらに発光効率を高め、これに加えて、製造価格を低減できるようにp型GaAs層のZnドープを拡散法で行ったものというべきであって、原告主張のような、従来、ZnドープのGaAs型発光素子はZnの拡散によってドープするために拡散層の厚さが薄く、そのためにバリア層を設け、ヘテロ接合を行わざるをえない、という理由で発明がされたものではないと認められる。

本願発明は、この引用例発明1のZnドープのp型GaAsエピタキシャル層に代えて、Siドープのp型GaAsエピタキシャル層を採用したものに相当することは前示のとおりであるが、前掲「National Technical Report」Vol.22,No.1,Feb.1976所収の「Ga1-xAlxAs-GaAsヘテロ構造の発光および受光素子」(甲第9号証)及び引用例1の前示記載に照らせば、p型GaAsエピタキシャル層の上にp型Ga1-xAlxAsエピタキシャル層によるポテンシャルバリア層を設けるようにし、電子をp型GaAsエピタキシャル層に閉じ込め発光効率を増大させるというヘテロ接合型の利点は、p型GaAs層の導入不純物がSiかZnかに関係なく生ずると認められ、また、前示のとおり、引用例1に従来例として挙げられたn型GaAs単結晶基板の表面上に形成されたSiドープのn型GaAsエピタキシャル層上に、Siドープのp型GaAsエピタキシャル層を形成したホモ接合型赤外発光ダイオードは、p-n接合の結晶性が優れ、外部発光効率の良い特性が得られることも知られていたのであるから、引用例発明1のp型GaAs層のZnドープをSiドープに置き換えれば、これにより、応答速度の点を別にすれば、本願発明の目的とする「より高効率、高出力の赤外-LEDの製造に適したGaAsエピタキシヤルウエハ・・・を提供すること」(甲第2号証、明細書3頁8~11行)ができるということは、当業者にとって、容易に想到しうることであるということができ、これを否定する原告の主張は採用できない。

これに加え、引用例4(甲第7号証)には、「一般に知られているようにSiドープGaAs発光ダイオードの発光領域は主にそのp層であり、p-n接合から注入された電子はp-n接合からp層の内部40μm~50μmまでの範囲で再結合し光を発生する」(同号証1頁右欄17行~2頁左上欄1行)とあるように、再結合が主として上記範囲で行われることは公知の事実であったと認められるから、Siをドープしたp型GaAsエピタキシャル層の厚さが上記の40μm~50μmの範囲を下回る厚さを含む本願発明(10~80μm)においては、ヘテロ接合によるバリア層を設けて発光出力を改善することは、当然に検討されてしかるべき事項と考えられる。

したがって、「表面にGaAlAs層を設けた引用例1の発光ダイオードの構成において、不純物ZnをSiに換えることは単なる選択事項に過ぎない。」(審決書10頁8~11行)とした審決の判断に誤りはない。

原告は、本願発明が、シングルヘテロ接合によるバリア層を設けながら、発光層であるSiドープによるp型GaAsエピタキシャル層の厚みを、本来バリア層は不要と考えられるような10~80μmの範囲に設定するという飛躍的な着想に基づいたものであると主張する。

しかし、ヘテロ接合型の場合、バリア層による電子閉じ込め効果との関連で発光出力を最大とするために、発光層の厚さを考慮しなければならないことは当然としても、ホモ接合型の場合の発光効率を高く保つに必要な発光層の厚さを参考にできない理由はないと認められる。すなわち、発光層の厚さを厚くしすぎると、光吸収の増大のために発光出力が減少することは、よく知られた技術事項と認められ、このことは、ヘテロ接合型であるかホモ接合型であるかによって差異はないことが明らかである。本願発明における発光層の厚さの上限値である80μmが、光吸収の増大による発光出力の減少を考慮して定められた概括的な数値であって、それ以上の意義を持つ臨界値として規定されているものでないことは、本願明細書の「この層の厚みは、10~80μmが適当であつて、20~50μmであればより好ましい。」(甲第2号証、明細書7頁2~3行)、「80μmを超えると、この層における光の吸収が増加するので好ましくない。」(同7頁6~8行)との記載から明らかである。一方、ヘテロ接合型の場合には、ホモ接合型の場合よりもバリア層により電子を有効に利用できるから、発光層の厚さをホモ接合型の場合よりも薄く設定できることも、前示のところから当業者にとって容易に理解できることと認められる。そして、引用例3(甲第6号証)には、Siドープのホモ接合型発光ダイオードにおいて、発光層の厚さを、本願発明の規定する10~80μmの範囲内である52~55μmに設定した例が示されているから、この設定値を参考にして、発光出力が最大となる範囲に発光層の厚さを適宜に定め、本願発明の規定する10~80μmとすることは、当業者が設計上の必要に応じて容易にできることとと認められる。

したがって、原告の上記主張は、相違点2についての審決の判断を覆すに足りる理由ということはできない。

原告の取消事由1の主張は採用できない。

2  取消事由2(本願発明の第2の特徴点の技術的意義の無視)について

本願明細書には、p型Ga1-xAlxAs層の厚さにつき、「この層の厚さは5μm以上20μm未満が適当である。厚みが5μm未満では、発光効率の向上等に十分に寄与せず、20μm以上であつても不都合ではないが、小電流密度(0.4~20A・cm-2)で使用する場合発光効率等が特に改善されないので生産性等の点から好ましくない。」(甲第2号証、明細書7頁19行~8頁5行)と記載されている。

一方、本願発明と発明者を同一とする別願(特願昭57-232210号)発明は、p型Ga1-xAlxAs層の厚さを「20~90μm」とした以外は、本願発明と同一の構成を有する発明であるが、この別願明細書(甲第8号証)には、「p型Ga1-xAlxAs層をエピタキシヤル成長させる。この層の厚さは20~90μmが適当である。厚みが20μm未満では、発光効率の向上等に十分に寄与せず、90μmを超えても不都合ではないが、発光効率等が特に変化しないので生産性等の点から好ましくない。」(同号証、明細書7頁17行~8頁2行)と記載されている。

以上の記載を併せて読めば、本願発明において、p型Ga1-xAlxAsエピタキシャル層の厚さを5μm以上20μm未満と規定した点は、特段の臨界的意義があるものではなく、発光効率や生産性の点を考慮して適宜定められたにすぎないことが、明らかである。

そして、審決認定のとおり、本願発明のp型Ga1-xAlxAsエピタキシャル層の厚さの下限5μmは、引用例発明1の同層の厚さの上限5μmと一致すること(審決書6頁1~4行)は、当事者間に争いがないから、この点に特段の新規性、進歩性を認めることはできず、原告主張の本願発明の第1の特徴点との関係において考察したとしても、原告主張の第2の特徴点に、原告主張のような技術的意義があるものとは認められない。

したがって、審決が本願発明の第2の特徴点の技術的意義を無視したとする原告の主張は採用できない。

取消事由2も理由がない。

3  以上のとおりであるから、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき暇疵は見当たらない。

よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 芝田俊文 裁判官 清水節)

平成3年審判第19841号

審決

東京都千代田区丸の内2丁目5番2号

請求人 三菱化成ポリテック株式会社

東京都台東区上野1丁目18番11号 西楽堂ビル7階 梓特許事務所

代理人弁理士 蛭川昌信

東京都台東区上野1丁目18番11号 西楽堂ビル7階 梓特許事務所

代理人弁理士 阿部龍吉

東京都台東区上野1丁目18番11号 西楽堂ビル7階 梓特許事務所

代理人弁理士 白井博樹

東京都台東区上野1-18-11 西楽堂ビル7階 梓特許事務所

代理人弁理士 内田亘彦

東京都台東区上野1-18-11 西楽堂ビル 梓特許事務所

代理人弁理士 菅井英雄

東京都台東区上野1丁目18番11号 西楽堂ビル7階 梓特許事務所

代理人弁理士 青木健二

東京都台東区上野1-18-11 西楽堂ビル7階 梓特許事務所

代理人弁理士 韮澤弘

東京都台東区上野1-18-11 西楽堂ビル 梓特許事務所

代理人弁理士 米澤明

東京都千代田区丸の内252 三菱化成株式会社内

代理人弁理士 長谷川

東京都千代田区丸の内252 三菱化成株式会社内

代理人弁理士 横倉康男

昭和58年特許願第45094号「エピタキシャルウエハ」拒絶査定に対する審判事件(昭和59年 9月27日出願公開、特開昭59-171116)について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

理由

本願は、昭和58年3月17日の出願であって、その発明の要旨は、平成1年8月4日付、及び平成3年11月15日付の各手続補正書により補正された明細書及び図面の記載からみて、特許請求の範囲1に記載されたとおりの、

「n型GaAs単結晶基板上、該単結晶基板表面上に形成された厚さが20~100μmであってキャリア濃度が1.0×1017~2.0×1018cm-3であるSiをドープしたn型GaAsエピタキシャル層、該n型GaAsエピタキシャル層上に形成された厚さが10~80μmであってキャリア濃度が1.0×1017~5.0×1018cm-3であるSiをドープしたp型GaAsエピタキシャル層及び該p型GaAsエピタキシャル層上に形成された厚さが5μm以上20μm未満であってキャリア濃度が1.0×1017cm-3~5.0×1018cm-3であるp型Ga1-xAlxAs混晶からなり、p型GaAsエピタキシャル層との界面から少なくとも2μm以内の領域において、混晶率Xが0.03≦X≦0.8であるエピタキシャル層を有することを特徴とする高出力赤外発光ダイオード用エピタキシャルウエハ。」

にあるものと認める。

これに対し、当審において平成5年1月13日付けで通知した拒絶の理由に引用した、特開昭56-24987号公報(以下、引用例1という。)には、以下の点が記載されている。

不純物を含むn形GaAs基板と、このn形GaAs基板上に形成したSiを不純物としてドープしたn形GaAsエピタキシャル層と、このn形GaAsエピタキシャル層上に形成したZnを不純物としてドープしたp形GaAsエピタキシャル層と、このp形GaAsエピタキシャル層上に形成されたp形Ga1-xAlxAsエピタキシャル層と、前記n形GaAs基板及びp形Ga1-xAlxAsエピタキシャル層にそれぞれ形成した電極とからなるGaAs赤外発光ダイオード。及び、p形GaAs層の厚さが1~5μmであること。p形Ga1-xAlxAsエピタキシャル層の厚さが1~5μmであること、及び、Xの値は0.43であること。GaAs中においてSiはp型にもn型にもなりうる両性不純物であること。p型不純物としてSiを用いた場合の応答速度が、Znを用いた場合に比較して遅いこと。本発明の赤外発光ダイオードが、高発光効率、および、高速応答性を有していること。従来例の記載に於て、Siドープのn型エピタキシャル層上に、Siドープのp型エピタキシャル発光層を形成した発光ダイオード。

また、同じく引用した、特開昭56-111279号公報(以下、引用例2という。)には、次の点が記載されている。

p型GaAs基板上にp型GaAlAs層と、n型GaAlAs層とを積層した発光ダイオードの発光層の厚みは、内部吸収効果や結晶欠陥の発生やキャリア拡散長などの要因との兼合を考慮して決められること。発光層の厚みをキャリア拡散長より充分大きくすれば、発光効率が向上すること。例えばキャリア拡散長が40μmの場合、少数キャリアの90%を発光層内で再結合させようとすると厚みは約100μm程度必要であること。基板結晶はエピタキシャル成長層に比べて純度が低く欠陥密度が大きいから、基板に接するp層が余り薄いと基板結晶の欠陥がpn境界近くまで伝播し、また有害不純物が成長中に拡散することによっても効率が低下すること。

また、同じく引用した、特開昭51-2393号公報(以下、引用例3という。)には、Siをドープしたn型GaAs層と、同じくSiをドープした発光層であるp型GaAsエピタキシャル層とからなる赤外発光ダイオードが記載されている。

また、同じく引用した特開昭52-63089号公報(以下、引用例4という。)には、GaAs結晶あるいはGaAlAs結晶を用いた半導体発光素子において、半導体各層のキャリア濃度を1017乃至1019とすることが記載されている。

本願発明と引用例1に記載の発明とを対比すると、

引用例1において、Ga1-xAlxAsの厚さが、本願発明では5μm以上20μm未満であるのに対し、引用例1の発明では、1~5μmであって、5μmの厚さの点で一致しているから、本願発明と引用例1に記載の発明とは、

n型GaAs単結晶基板と、該単結晶基板表面上に形成されたSiをドープしたn型GaAsエピタキシャル層、該n型GaAsエピタキシャル層上に形成されたp型GaAsエピタキシャル層、及び、該p型GaAsエピタキシャル層上に形成された厚さが5μmであるp型Ga1-xAlxAs混晶からなる高出力赤外発光ダイオード用エピタキシャルウエハである点、及び、エピタキシャル層は一般に、含有成分の濃度分布が均一であるから、混晶率Xの値が0.43であるということは、p型GaAsエピタキシャル層との界面から少なくとも2μm以内の領域においても、混晶率Xが0.03≦X≦0.8である点で一致し、

1)GaAs基板上に形成するn型GaAsエピタキシャル層の厚さが本願発明では20~100μmであるのに、引用例1の発明では明確な記載のない点。

2)n型GaAsエピタキシャル層上に形成するp型GaAsエピタキシャル発光層の厚さが本願発明では10~80μmであるのに対し、引用例1の発明では、1~5μmである点、及び、該p型GaAsエピタキシャル層が、本願発明においてはSiを不純物とするエピタキシャルで形成されるのに対し、引用例1の実施例においては、Znの拡散で形成されている点

3)各層のキャリア濃度が、本願発明においては、n型GaAsエピタキシャル層で1.0×1017~2.0×1018cm-3、p型GaAsエピタキシャル層で1.0×1017~5.0×1018cm-3、Ga1-xAlxAs層で1.0×1017cm-3~5.0×1018cm-3であるのに対し、引用例1には明確な記載のない点。

の各点で相違する。

そこで、上記相違点について以下に検討する。相違点1)について、

引用例2には、基板に接するエピタキシャル層においては、基板の結晶欠陥が伝播し、発光効率に影響するので、結晶欠陥がpn接合に達しないような厚みとすることが記載されている。ここで、引用例2に記載された発明は、n型エピタキシャル半導体層において発光する発光ダイオードであって、本願発明とは半導体層の導電型において相違するが、結晶欠陥の伝播と半導体層の導電型に格別の関係はないので、n型GaAs層の厚さは、これらのことを考慮して決定すべき設計事項に過ぎない。

相違点2)について、

エピタキシャル発光層にSiをp型不純物として用いた発光ダイオードは、例えば引用例3に記載されており、また、発光層の厚みはキャリア拡散長と、発光効率との兼合で適宜決められることが、引用例2に記載されているので、p型エピタキシャル発光層の厚みを、10~80μmとすることはこれらのことを考慮して決定する設計的事項に過ぎない。また一般に、エピタキシャル層は厚みが自由に選択できるのに対し、拡散層は厚みが薄くなることは周知であるから、p型発光層をエピタキシャル成長法で形成することは、単なる技術上の選択事項に過ぎない。

また、Siが両性不純物特性を有する点、Siを発光ダイオードの発光層の不純物として用いた場合に、応答速度が遅い点、また、従来例として、Siをp型不純物として含む、エピタキシャル成長で形成した発光層は、引用例1、及び、引用例3に記載されている。また、さらに、p型不純物としてどの元素を選択するかは、求める特性に応じて選択すべき選択事項に過ぎないないから、発光層のp型不純物として、Znに代えてSiを選択することは当業者が容易に成し得ることである。

また、引用例2のキャリア拡散長が40μmの場合、少数キャリアの90%を発光層内で再結合させようとすると厚みは約100μm必要であるとの記載からみて、表面にGaAlAs層の無い発光ダイオードにおいては、キャリアの一部がダイオード表面で再結合しているものと認められる。そして、キャリアの拡散長に対し、キャリアの表面再結合を防止し、キャリアを効率良く発光層内で再結合させるために、表面にGaAlAs層を設けることは、引用例1に記載されている。よって、Siをp型発光層の不純物とした場合においても、キャリア効率を向上させるために、発光ダイオード表面にGaAlAs層を設けることは、当業者が容易に想到しうることであるから、表面にGaAlAs層を設けた引用例1の発光ダイオードの構成において、不純物ZnをSiに換えることは単なる選択事項に過ぎない。

また、発光波長の変位を防止する効果は、厚いエピタシシャル層を発光層とすることによるもので、不純物の材料による効果とは認められないから、ZnをSiに代えたことの効果とは認められない。

相違点3)について、本願発明の発光ダイオード各層のキャリア濃度は、引用例4の記載からも明らかなように、通常使われている範囲のものに過ぎず、発光効率を考慮して最適の不純物濃度を選択することは、製作段階で、当然に考慮する設計的事項に過ぎない。また、各層のキャリア濃度を本願発明のような範囲としても格別の効果を奏するものとも認められない。

したがって、本願特許請求の範囲1に記載された発明は、引用例1乃至4に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。

平成5年9月30日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

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